アミューズメント・観光業の脱炭素化|TDR・USJ・温泉旅館が進めるGX経営の実態
観光業の脱炭素というと、多くの人が「施設の照明をLEDに替える」「太陽光パネルを載せる」といった話を思い浮かべます。 ところが排出量の内訳を見ていくと、本丸はそこではありません。 テーマパークも旅館も、排出の大半は施設の外——来場者がそこへ来るまでの移動で発生しています。 この構造を踏まえたうえで、TDR・USJ・温泉旅館という性格の異なる3つのケースを見ていきます。
観光業の排出は「施設」ではなく「移動」が支配的
まず全体像です。国連世界観光機関(UNWTO)などの推計では、世界の観光関連CO2排出のうちおよそ7割前後が輸送に由来します。 宿泊施設の運営に伴う排出はおおむね2割前後、飲食・アクティビティ等がその残り、という配分です。 国内の日帰り・近距離観光ではもう少し施設側の比率が上がりますが、傾向は変わりません。
企業会計の言葉に置き換えると、施設のエネルギー使用はScope 1・2、来場者の移動はScope 3のカテゴリに入ります。 つまり観光事業者が「排出量を50%削減しました」と言うとき、それがScope 1・2だけの話なら、全体の2割の中の話をしている可能性が高い。 これは投資家として最初に確認すべき点です。
| 区分 | 構成比の目安 | 誰が管理しているか |
|---|---|---|
| 移動(航空・鉄道・自動車) | 約70% | 交通事業者と来訪者。施設側は直接管理できない |
| 宿泊・施設運営(空調・給湯・照明) | 約20% | 施設側が直接管理できる領域 |
| 飲食・物販・アクティビティ | 約10% | 調達方針を通じて部分的に管理可能 |
この表が示すのは、観光業の脱炭素が自社努力だけでは完結しないということです。 施設側が管理できるのはせいぜい3割。だからこそ、鉄道アクセスの整備や滞在の長期化といった、 一見すると環境と関係のなさそうな施策が、実は排出原単位に効いてきます。
オリエンタルランド(TDR)——単一施設だからこそ打てる手
東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランド(4661)は、この分野で最も情報が追いやすい企業の一つです。 上場企業であり、統合報告書と有報でサステナビリティ関連の記載を継続的に出しているためです。
同社は2050年度のカーボンニュートラル達成を掲げ、2030年度に向けた中間目標を設定しています。 すでに使用電力の実質再エネ化を進めており、太陽光の自家消費に加え、外部電源の調達契約を組み合わせる形をとっています。 約100ヘクタール規模の敷地に来場者が集中する単一拠点という構造は、 エネルギー調達をまとめて切り替えられるという意味で、脱炭素には有利に働きます。
一方で課題も明確です。来場者の約半数は首都圏外からの来訪とされ、その移動は同社の管理外にあります。 また、パークの体験価値を維持したまま空調・照明・ショーの演出電力を削るのには限界がある。 アトラクションの新設や大規模投資はむしろエネルギー需要を増やす方向に働きます。 成長投資と排出削減が正面から衝突する業種だという点は、押さえておく必要があります。
USJ——非上場という開示の壁
ユニバーサル・スタジオ・ジャパンは、投資家の視点ではTDRとまったく事情が異なります。 運営会社は上場しておらず、米国資本の傘下にあるため、日本国内向けの単独開示が限定的です。 施設単位の排出量や再エネ比率を日本の投資家が時系列で追うのは、現状では簡単ではありません。
親会社レベルでは気候関連の目標が公表されていますが、それは世界中の事業を合算した数字であり、 大阪の一施設がどう寄与しているかは読み取れません。 これは同社の姿勢の問題というより、資本構造が開示の粒度を決めてしまうという一般的な現象です。
投資家として意味があるのは、ここから派生する話です。USJの集客は周辺のホテル・鉄道・飲食といった上場企業の業績に波及します。 施設本体を直接分析できなくても、関連する交通・宿泊事業者の開示を通じて間接的に構造を見ることはできる。 観光業は単体ではなく地域のエコシステムとして捉えたほうが実態に近い、というのが私の見方です。
温泉旅館——地域資源をそのままエネルギーにできる強み
規模はまったく違いますが、構造的に最も面白いのが温泉旅館です。 理由は単純で、温泉地はすでに地下から熱を得ているからです。
地熱・温泉熱の二次利用
大分県の別府・九重エリアなどでは、既存の源泉から出る蒸気や高温泉水を使ったバイナリー発電が実用化されています。 新たに深い井戸を掘らず、湧出済みの熱を使って発電し、その後の温水を浴用に回す。 既存資源の多段利用なので、初期投資が比較的抑えられ、天候に左右されず稼働率が高いのが利点です。
木質バイオマスボイラー
森林に囲まれた温泉地では、間伐材や林地残材を燃料にしたボイラーで給湯・暖房をまかなう例が増えています。 重油ボイラーからの切り替えは、燃料価格の変動リスクを地域内で吸収できるという副次効果があります。 課題は燃料供給の安定性で、チップの乾燥・保管設備を持てない小規模施設では運用が続かないケースも見てきました。
代表例として挙げられることが多いのが星野リゾートで、軽井沢では大正期から続く小水力発電設備を維持し、 地熱ヒートポンプと組み合わせて施設のエネルギーの相当部分を自前でまかなっているとされます。 ただし同社は非上場であり、個人投資家が直接投資できる先ではありません。 上場している宿泊・レジャー関連では、REIT経由でホテル・旅館アセットに関わる形が現実的です。
弱点も書いておきます。旅館業は資本が薄く、設備投資の回収期間が長い。 バイオマスボイラーの導入は数千万円規模になることも珍しくなく、補助金なしでは成立しない案件が多いのが実情です。 脱炭素が進む旅館と進まない旅館の差は、意識ではなく資本力で決まっている面があります。
環境配慮は、本当に集客につながっているのか
ここが本題であり、私が最も慎重に見ている論点です。 「脱炭素は集客の武器になる」と書けば記事は綺麗にまとまりますが、日本国内のデータはそこまで単純ではありません。
各種の消費者調査では、日本の回答者も「環境に配慮した企業を支持する」と答える割合は高く出ます。 ところが、実際に宿泊先や旅行先を選ぶ際の決定要因を尋ねると、環境項目は価格・立地・食事・口コミの下に沈むのが一般的な結果です。 意識と購買行動の乖離、いわゆるattitude-behavior gapが、欧州よりも大きく出やすい市場だと考えています。
では無意味かというと、そうでもありません。効いている経路は3つあると見ています。
- 法人需要…企業のMICE・研修の会場選定では、発注側の調達基準に環境項目が入り始めています。ここは意識ではなく規程で動くため、実需に直結します。
- 欧州系インバウンド…同じ訪日客でも出身地域で環境項目の重み付けは異なります。全体の集客より、単価の高いセグメントに効く可能性があります。
- コスト構造…再エネ自家消費やバイオマス転換は、集客と無関係に燃料費の変動リスクを下げます。これがいちばん確実な効果です。
つまり現時点では、「集客が増える施策」ではなく「コストと調達要件のリスクを下げる施策」として評価するほうが実態に近いと考えています。 脱炭素を集客の切り札として大々的に打ち出している企業を見たら、根拠となる数字が示されているかを確認したほうがいいでしょう。
投資家として、この業種の何を見るか
観光・レジャー関連の開示を読むとき、私が順に確認しているのは次の4点です。
- Scope 3を開示しているか、そこに来場者の移動が含まれているか。含めずに「大幅削減」と書いてある場合、話の対象は全体の2割です。
- 削減の分母が年度でぶれていないか。総量と原単位を都合よく行き来していないか、複数年並べて確認します。
- 再エネ調達の中身。自家消費なのか、証書購入による実質再エネなのか。後者は有効な手段ですが、費用が継続的に発生します。
- 設備投資の資金源。補助金依存の計画は、制度が変われば止まります。自己資金で回せる規模かどうかは重要です。
観光業の脱炭素は、いまのところ売上を押し上げる要因というより、 燃料コストと将来の規制対応リスクを抑える守りの投資という性格が強いと私は見ています。 それは地味ですが、変動費の大きい業種にとっては決して小さい話ではありません。 次回は、この業種でScope 3の算定方法がどれだけ企業間でばらついているかを、実際の開示資料を並べて比較してみる予定です。